『ハイペース症候群』の日本アニメ

「いまの日本競馬が『スローペース症候群』なら、いまの日本アニメは『ハイペース症候群』だ」

「どういうこと?」

「いまの日本競馬は道中ゆったりしたペースで流れ直線だけのヨーイドンというレースが多い。対していまの日本のテレビアニメはAパートどころかアバンからガンガン飛ばす作品が多く見受けられる」

「例えば?」

「『氷菓』の第七話はどうだろうか? 京都アニメーションにはテンポが速いアニメが多い。『氷菓』の七話はとくにカット割りが目まぐるしく、展開の省略や場面転換も多い」

「『氷菓』第七話は近年の京アニの中でも特に”速い”のね」

「そう、それで肝心なのは、今夜のAT-Xみたいに『アリソンとリリア』と連続で見せられると、『氷菓』がジェットコースターに乗ったみたく超速に感じられること」

「どういうこと?」

「超ゆったりした川の流れが急激に速くなった時の戸惑いを思い浮かべてよ」

「なんとなくわかる。競馬のレースに例えると、『ペースの違いに戸惑う』ってことだろ?」

「その通り。で、肝心なのは、どっちが有りがたいか? 『アリソンとリリア』と『氷菓』のどちらが、有りがたいアニメだろうか?」

「観ていて僕は『氷菓』のほうが面白いよ」

「”面白い”と”有り難い”は違う。第一”好き”と”面白い”だって性質が異なるだろ」

「それはどうかなあw」

「ともかく! 文字通り”有り難い”希少な、”掛け替えない存在”は西田正義監督の『アリソンとリリア』のほうなんですよ。たとえモッタリ感があるくらいのテンポでも、視聴者にとっては負荷が掛からないペースといえるじゃないか」

「”テンポ”を”ペース”に読み替えればそうだね」

「”テンポが良い”なんてアニメオタクの驕った言いかたさ。肝心なのは俺たちが体感する”ペース”だ」

「たしかに『氷菓』はハイペースすぎて視聴者が介入する余地がないのかも知れないな」

「そこ!! とくにまったりした時間の流れに急にああいう放送が入り込むと、おいてけぼりにされちゃうんだ。速すぎる描写は想像力を差し挟む余地を許さない。俺が本当の意味で評価するのは慌ただしい『氷菓』や『涼宮ハルヒの憂鬱』よりも当時駄作の烙印を押された『アリソンとリリア』のほうだね。ゆったりした時間の流れで自分だけのアニメが作れるんだ」

「でもお前『涼宮ハルヒ』のメイン演出家のヤマカンは評価してるんじゃん」

「ヤマカンは別枠。むしろ石原立也武本康弘が性急な京アニアニメを支配してしまっているんだ」

「でもさ。武本監督はアンタもとから評価してたし石原監督だって『日常』で評価を180度変えたじゃないの」

「『涼宮ハルヒ』は石原さんを評価する前の作品だし。『氷菓』が全部が全部悪いとは言ってないよ。でも勢いがあったころの2000年代の武本作品と比べるとね〜。是非とも巻き返してほしい演出家だね」

「で、あんたが結局言いたいのはハイペースで冒頭からガンガン飛ばすアニメが蔓延してるのも考えものだってことだね」

「そうだね。溜めを作れないし、何を伝えたいのかが映像の中で把握できないんだ。作り手には溜めを作ってほしいよね」

「ああ、なんて上から目線なんでしょう、俺たちw」